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2013年1月

2013.01.21

・明日の太陽・

 

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今日は 今学年の最後の授業だった。
笑。
寂しくて 嬉しい。
笑。
うん 少し複雑な。
思った。
教壇に立つひとの 毎年のこの時期。
そか、
このような気持ちなんだね。
笑。
チョークを握った手を洗おうとしなかった。
あの子達の顔を ひとり一人じっと見つめてみた。
今までの小さな不満とか 怒りとか、
あの一瞬でマッチの煙のように きれいに消えた。
全員 可愛い。
愛しくて。
「社会人になってからも 沢山のことがやって来る。
負けずに 一緒に成長してゆこう。
今まで有難う。」
来週は テスト。
クラスの全員との顔合わせは あれが最後かな。
キャンパスの教壇での 初めての非常勤勤務。
彼らに対して、
たくさんの小さな申し訳なさ。
のまま。。。。。
深く一礼をした。
本当に謝謝ぁ みんな
だと
言葉に。
こころから。
佳い人生を。
てぃんてぃん
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2013.01.18

惑星語

「惑星語っていうと 何星語がお好きですか?」

。。。。。


「しかし 暖かそうな格好ですね。。。」




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2013.01.15

・瑞雪兆豊年・

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2013.01.11

・冬の樹・

                    ・冬の樹・

「冬の樹って 寂しいね。」

「笑。

ぃぃゃ ひとの血管に見えるから 生命力を感じる。」

「?! 笑。

南国育ちの君が そう思うのか?」

「うん 思う。

この季節が 温もりというものを教えてくれる

から。」

笑。

てぃんてぃん
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2013.01.08

茶iina

 ・茶iina・
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「ねぇ ティンティン

教室の中で 厨房とかも造って、
私達が行く時に御茶を飲みながら餃子も。。。」
   
「笑。

ぁ わかった。」

ただそれだけで、
茶iinaカフェが出来た。

四歳から中国茶の世界に入った私に母の疑問符

「あんなに 餃子が苦手だったのに?

Mamaと似てしまって。。。」

笑。
そね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

なんだか 居場所が出来たような気がした。
先のこと ちょっと不安になっても、
茶で動いていれば、
誰か来て その誰かさんと喋っていれば、
なんだか落ち着く。
笑。

割と最初から 思った。
これはなんだか あぶないね。
笑。
もしかすると
もしかすると この町から。。。。。

道路の反対側に 大きな楠の樹。
一年常緑な葉っぱ達をぼんやりと見つめ、
実家にある私の部屋の窓から進出して来ようと
する青桐の姿が海馬君のポケットに前頭葉に。。。
笑。

亡き父が私が留学ニッポンの前日の夜に言って
くれた一言。
「アイビーみたいに 逞しく生きてみよう

俺の娘君。
笑。」

狂ったように 父さんコンじゃあるまいが、
あの言葉 嫌いではない。

転々とした人生の前半は まさに私の名のようだった。
ここの二・三年 ゴロゴロ肥った。
笑。
遠くへ飛べないようにかしら。

なのかしら。

笑。

茶iinaを書き出したのは 初心を忘れそうになったから
だ。
きっと。

つづく
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2013.01.07

「お お粥 食べたかい?」

“粥 粥 吃了没有?”

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2013.01.06

茶iina     

・茶iina・
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三月の七日に鍵を頂いて、
シャッターを開けてほこりと戦う一日目。

大きな窓ガラスが最初から割れていて、
下側に大きな穴があいて、
そっから射線状に綺麗に、
なんだか 海面からの日の出のように見えて
思わず 笑ってしまった。

まだご対面していなかった大家さんに有り難い
と思った。
いくら「このご時世」とは謂え、
「余所もん」であって「外人」である私に
書類審査だけですんなりとOKを出して下さった
ことに、
感激で胸がいっぱいに。

だから、
「交渉」のようなことを一切するつもりさえなった。

三階建てのビルの一階にあるテナントの端っこ。
居抜きではなく、
トイレが付いている以外、
水道のパイプもほぼ地面高さ位にカットされていて、
箱の状態だった。

おまけに古いカーペットが頑固な業務用糊で根性良く
地面に張り付いていて、
一寸一寸削る必要性があった。

笑。
全てが古くて 新だった。

自分でやれそうなことを全部 自分でやった。
OPENの月末の日までの三週間、
昼は学校と仕事、
深夜から朝方まで半纏を着て ひとりで 茶iina創り。

豚足のように腫れた両手、
指がパソコンのキーボートを叩く度に心臓まで繊細な
痛みが響く。

たっぷり世話になったトーレイの早川兄ちゃんの
暖かい御茶と
「無理せずに 頑張ってね。」
との一日一語。

恩師一家のカイロもいつも腰にお腹に背中に
こころに。

壁にしっくいを塗りながら 感無量だった。

「君は どうして ここに居るの?」

「君は ここに居て いいのか?」

「君は 本当に これでいいんだね?」

笑。
よく云うじゃない? 外人って我が強いと。
いつもわたしわたしって強調するじゃない?と。

しかし、
思うよ、
自分の一番の相棒は 自分という生きもんだ。
自分に向き合うことって 本当に一番面倒臭い作業
かもね。

人生は長い過程だけど、
海の水の一滴。

それでも 生きている時は 一生懸命深呼吸したい
瞬間も。

笑。
限られた中で 精一杯なにかを したいね。

つづく

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2013.01.04

・茶iina・
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二十代後半の頃、
割と少し曇ったような表情であの湯村にいる
私の「日本のお母ちゃん」に会いに行ったり
してたね。
今思えば。

「どうしたの?」って聞かれると、
「別に」と答えたら、

「人生は 長い。

笑。
色々とあるけれど、
成るようになるっ。

ティンティンちゃんは 笑顔が似合う。
だから、
大丈夫。」

色んなひとに 「笑ってなさい」って言われて
きた。
しかし、
本音を言うと、
今となっても、
「笑えない時って 笑えないじゃん」と
こころの中から。
唯一、
唯一反発心が無く素直に嘘でもいいから
馬鹿みたいに練習してみようかなと思えたあの一言。

笑。
だけど、
そりゃ 解るさ。
笑顔は 世のみんなの似合うもんだこと位を。

あの母ちゃんは 私の恩人。
あのひとと出会えなかったら、
日本を好きになる前にどっかへ行ってしまったのかも。

片言の日本語であの旅館へ面接に行った。
あの日のあの女将ちゃんという人物の頬笑みに惚れた。
何を言われたのか聴いても分らんかった。
しかし、
あの旅館の厨房で働く白い作業服を頂いた。

あの厨房で初めて本物の懐石料理の味を知った。

あの旅館で頂いたお給料で短大を卒業した。

あの江戸生まれの女将ちゃんに甲州弁を習った。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

父親が亡くなった時も、
女将ちゃんの旦那様が亡くなった時も、
3.11の日も、
本当は一番に抱きしめて日本語で「ありがとう」って
言いたかった相手かも。

けど、
私も 東洋人 
だから。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

この湯村という年々寂れてきた町に 沢山の想い出が。

ここで 初めて大切な大切な家族を失うことを経験した。

ここで 初めて絶望という生きる付き物と対面した。

ここで 初めて自分の足で少しずつ立てるようになって、
少しずつ 歩けるようになった。

だからあの日、
私は 女将ちゃんに会いに行った。
「わたし、

北バイ沿いのあそこで 教室を開くことにしました。」

つづく

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2013.01.01

・新年進歩!・

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