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2013年2月

2013.02.25

正月十五

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昨夜は 満月だったかな。
笑。

二月十日の「春節」(旧正月)はこの年明けの初の満月で
句点を。
それで夜空を見上げて思うのだ。

チャイニーズはどうして 新年を真っ赤かにするのかね。

笑。
だけど、
時々 愛しい気持ちにもなるわね。


てぃんてぃん
20130225

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2013.02.22

高卒貴族

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高卒貴族

 ・高卒貴族・
         2

夏だったね。
蟬が ミンミンと気まぐれに輪唱を。

木曜日 父の休日。

「Papa。。。海 行こうょ。」

「うん 忙しいんだ。今度ね。Mamaもいる日にしよう。」

「ぁ... はい。。。」

日曜休みの母ちゃんも いる木曜。
って日

あるかな?

笑。

両親は 「工作狂」(仕事人間)だった。
それが当たり前ということは 物心がついてからの
「当たり前」だった。

あの日も いつもの「台本」通りの親子の「台詞」
だった。
ただ 子が親に違う質問をしてみた。
初めて。

「ね Papa?どうして こんなに頑張るの?
こんなに仕事が大好きなの?

飽きないのかな?。。。」

「?

笑。
どうしたの? 珍しいねっ。一人で遊ぶのが上手な俺のむすめが。。。

笑。

うん 仕事は 愉しいよ。
それから 何故かって。
君達のため Papa自身のため。

仕事は 沢山のことを教えてくれる。
大人になったら きっと解る日が来るよ。

海 ひとりで行って来な。
潜る前に しっかりと柔軟体操をやっとけっ。

笑。
楽しんで来な。

夏休みが終わるまで 一度ふたりで 行こう。
約束する。」

あの日 私はどこへも 行かなかった。
書斎の隣の部屋で静かに家族の写真を整理整頓してアルバムを
作り直した。

あの日 初めて知った。
写真を見て 知った。

Papaという人物は「高卒」だった。
何故なら、
「大学」の記念写真という印刷物らしき物だけが
見付からなかったから
だ。

つづく

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高卒貴族

  ・高卒貴族・
         3

高卒の父親は 日本の団塊の世代と一味違ったような
青春を送っていたようだ。
父より一個下の母も。

文化大革命という一言で説明出来ない時代を経験した
世代で、
両親は中学生の時に「下放」という国策で
都心生まれだが、
畑仕事と日々向き合う生活環境の山の奥にある農村に
行かされてた訳だ。

そこで約十年間田舎生活をし、
勉学するきっかけさえ与えてもらえなかった。
「文革」が終焉を迎えると、
二十五、六歳になった彼らは今度故郷へ戻されて、
就職して
結婚・出産するような流れだったそうだ。

中学も卒業しなかった両親はそれぞれ違う選択をして、
母は昼はブルーカラー、
夜は夜間学校で進学、
最終的には大学院を出て公認会計士まで資格をとって、
国所有の道路公団を定年した。

あの韓国に負けない位の学歴社会の中で必死に生きて
来たような「白いおばさま」。

父は当時の大連の唯一の国営建築会社に勤め、 
夜間の高校を卒業した時点でもう「卒業証書」の枚数に
「満足した」だと。
そっから仕事しながら独学で建築デザインや木工技術・
コンクリート建築構造などの国家資格をとって、
最終的に公務員を辞めたと同時に国から借金して、
最初は十五人の小さな会社を立ち上げて、
二十四時間体制であの「社会主義国家」の「改革開放」
の一番波に乗り出した訳だ。

木曜日休みの父には 本当の休暇はなかったかも。
五十歳の誕生日の数日か前までは
ずっとそうだったようだ。
今は なんだか まとめてとことん遠くで休んでるような
錯覚が。
笑。
まぁ、やっと休めるようにと子は そう思いたいのだ。

苦労苦心して私たちを育ててくれた両親には尊敬の重さは
一緒だ。
けれど、
父親のその形に拘り過ぎない程度のプライドには
子として最高な生きるヒントを頂いたような想いはある。

負けず嫌いで学歴志向の母と真反対で、
進路に躊躇した私に父が
「まず運転免許をとって、

しかもバス免許までとると楽しい。
そうするとどこへ行ってもまず困ったらそれで家族を支える
ちからが身に付く。

乗り心地の良い車には ご縁のある乗客の顔に微笑みが。
勉強が出来なくても 一流の運ちゃんになればいい。

それか、
教壇に立ちたいのあれば、
諦めないで
少しずつ最高な先生に目指せばそれも味のある人生じゃ。
道は 自分で踏み出して創るものでもある。」

。。。。。。。。。。。。。。。。。

笑。
たまには 言われる。
「ティンティンはなんだかんだって言って、
自分自身が学校をいっぱい出てるからそう言えるのだろう。」
と。

それは 否定しない。
何故なら、 
寝ないで働きながら自分の学費や生活費を稼いで
誰にも甘えずに進んで来たことには胸を張って生きていきたい。

パーフェクトではないけれど、
私のあの少し硬めの紙達はただきっと自分にとっての
バス免許だ。

いつか それで自分以外のひと達を支えたりする時の「免許」だ。

高卒の父親は面白い財産をくれた。
ようは、
最初から カラー眼鏡で周囲を見ない日々という贈り物だ。

ひとは スッポンポンで生まれてきて 
スッポンポンで去って行く。

人々はいろんな形でいろんな分野でその過程を過ごす。
時には 暇つぶし。

笑。
私は 彼に答えた。
「あなたは 博士だ。

あの一冊一冊の作品は 貴方の修士論文や博士論文だ。」
ちっと年は下の私の 不遜な云い方だ。

けれど、
それも 本当の想いだ。

高卒貴族 御

深くお辞儀。
笑。

てぃんてぃん 拝
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2013.02.12

カエルおじちゃん

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2013.02.10

カエルおじちゃん

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2013.02.08

青蛙叔叔

青蛙叔叔
    (カエルおじちゃん)

幼稚園へは 一週間しか行ったことがなかった。

笑。
登園拒否とかというようなお洒落な理由ではなく、
単なる 少し弱かったからだ。

おもちゃや砂の遊び放題より、
幼少時代は
白い壁白い帽子の「流行」する白い建物で暮した
私の大切な時間時間が。。。。。

カエルおじちゃん、
人生の中で初めて「またね。」とこころの中から
叫びかけた相手だ。

同じ病棟に年関係無しに女性が二階で男性が三階
だった。
点滴治療の都合で昼ご飯と夕飯はみんなの時間が
バラバラで、
自力で食堂まで移動出来るひとに限って、
朝食は唯一の「全員集合」タイム。

夕方に母に会えること以外の唯一の孤独感が緩和
される時間でもあった。

ある日、
一つの新しい顔が食堂に現れた。
両親よりは少し若そうにみえて、
患者服のサイズに若干合わない中背中肉のおじちゃん。
暖かい笑顔のおじちゃん。

「笑。
おはよう。」

「おはよう。
笑。」

「昨日からの新入り、

宜しくね。」

「笑。

ぁあ、四年前からの新入り。
こちらこそ、宜しく おじちゃん。」

あの日から、
友達が増えた。
白い友達が。

私の 点滴でお饅頭のように腫れてた両手をみて、
全く気にしてないような表情をして
「あ 最近の子達は こういうのが流行ってる。」
と言いながら、
青いボールペンで私の右腕に小さな腕時計を描いて
くれた。

「うん これが おじちゃんの君へのプレゼントだね。

少し消えたりすることもあるけど、
朝食の時に直してあげるから。

ちなみに、
どうも左利きのようだから、
右のほうが使え易いでしょう?

笑。」

あの日の朝、
お粥を お替わりした。
あの白いお城に入ってから初めてだった。

つづく

てぃんてぃん

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2013.02.01

長大

半分仕事で 半分私事で ハルピンとロシアに

行って来た。
少し寒かったね。
冷凍庫の中みたいだった。
ただ違ったのは、
あのアイス箱の中で
雪が 降ってた。
粉雪。
北極熊のように、
帽子を二重、
上から下 中から外、
ボールといい勝負な格好をして。
歩行困難な位に。
真の真冬の北国、
これが初めてだった。
顔が 肩が こころも
凍りそうでしんどかった。
早速 高熱 酷い頭痛が至る現在。
あっちの国々は 
実にロマンのある町。
なんとも云えないあの哀愁のある建物たちが、
凛と氷の空と大地の間に。
幸せな時代に生まれたなと思った。
紛争も 抑留も 飢餓も
今の私と無縁だ。
有るのは、
小さな思惑くらいなちっぽけな。
そね、
満足せよ
ってことか。
帰ってきてからも、
海で泳いでいて 両親と話す夢をばかりと。
父さんの墓を山梨で買おうかと。
大連生まれで大連育ちのPapa上の仏さん本人
がどう思うのかも。
この親不孝。
。。。。。。。
「ねぇ Tiner ひとの子をみようと思うなら、
期待だけはしないでね。
全てのことに対して 期待だけは。
Mamaは 君の孤児院には もう反対しない。
けれど、
年をとったら あの暖かい南国の島へ戻りな。
病弱で生まれた唯一実の子には、
人並みの幸せな人生を。
せめて 最後だけでも。。。。。」
「笑。
考えてみるょ Mama。」
。。。。。。。。。。。。
図々しく金塊好きな我が親族諸様様の顔振りを、
二度と 目にしたくない。
そんなんなら、
血筋も なんの関係のない本当に独りぼっちの
他人の子を温めたほうが
遙かマシだ 私の人生は。
両親と同じような歩みだけは もう御免だ。
御免だ。
てぃんてぃん
20130201

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