« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013.04.29

旅をやめようと

・あなた達
に逢えて 旅をやめようと想った 生まれてから初めて。・

20130429115122708_414840608583039_548061254_n

| コメント (0)

2013.04.27

・ごめん。 それから、ありがとう。・

・ごめん。 それから、ありがとう。・

一昨年の初夏に動き出して、師走のど真ん中に印刷物六万部の発行

・無料配布及びホームページの同時起動を実現し、マップ・『北で

遊ぼう!』が多くのご縁のある方に支えられて至る現在です。

『北で遊ぼう!』をやり出した切っ掛けは、一人の湯村温泉郷に生

まれ育った友人との行き違いだった。
『北で遊ぼう!』をやり出した目的は、湯村を含め、留学以来たっ

ぷりお世話になってきたこの甲府市北部に小さな恩返しをしたくて


『北で遊ぼう!』の主旨は、気が向いた時に、北で遊ぼうょ。たま

には、車のキーを家に置いて、自転車か歩きかで、少し北甲府の四

季を吟味し直そうょです。
笑。

『北で遊ぼう!』の拘りは、行政に負担を掛けないように、協賛仲

間と共に三千円ずつの協賛金で無料配布・発信すること。
『北で遊ぼう!』の条件は、「暖かく 普通に親切な姿勢」。

笑。
マップのことで、たっぷりと勉強させて頂きました。
マップを作ることによって、こころが冷え込んだ瞬間もたくさんありましたが、それより何十倍も、何百倍もうんと温もって感激する時のほうが遥か多く。

笑。
時間と 変わらぬ想いで自分のペースでやって参ります。
これが 今日のこの今の想いかな。

私は 今でもこの町のことを少し複雑な想いで愛しています。
これもこれでとても「外人」的なのかもしれません。
私は 今でもこの町に馴染んでない部分たくさん持っている。
笑。
でも それはそれでいいんだって 想っています今。

けれど、
本当に本当に ごめん。それから ありがとう。

深く御辞儀。

てぃんてぃん

。。。。。

声を上げて 「本当に ありがとうよ!みんな。」

マップ・『北で遊ぼう!』第二弾
○甲府北部協賛仲間○
・フジオ住研
・アップライズ
・DOuxCAFE
・小野竹雄司法書士事務所
・小野智久写真事務所
・音楽プロデュース ライラック
・ハーパーズミル
・湯村の杜 竹中英太郎記念館
・EIKO.MUSIC.CUBE
・cafe freebar-d・地域コミュニティ広場 花水木
・アジアン雑貨 マルルロア
・喫茶 みな瀬
・Green Flash Cafe
・さとしや化粧品
・かいこく屋 ErziShop
・midorino 蕾
・Marche de Canape Apartment
・豆腐懐石 小梅
・工房 ぬう
・heardbeat
・珈琲問屋
・緑ヶ丘レストハウス
・酒井プリント
・アサヒホーム販売
・pied nuーピエヌー
・美容室ビューティサロン松木
・たぐち肉店
・手作り餃子 紅
・日設工業
・カイロプラクティック 『仲よし』
・おいしい天然酵母パン Maple
・KC JONES 
・和草-nicokusa-
・ 甲斐水晶工芸
・より処 ゆい(介護)
・良子の中国結び
・ちろりん村
・湯志摩の郷 楽水園
・湯村温泉 柳屋
・茶iina中国語教室

○個人協賛○
・猪股勉・志づ子・則哉
・名取 静
・孫 和平
・笹本 貴之・理恵
・三井 正俊・亜希
・石井 宏
・三井 ヤスシ
・韓 ティンティン

○協賛仲間○
ただいま営業中

201304272247

| コメント (0)

Hi Ta,

写真: Hi Ta,

笑。
おはよう。

笑。
ごめん、昨日の続き。
「ティンティンん 話が長い 途切れ途切れで疲れるよ。」
って笑うでしょ?

笑。
ごめん。

ごめん。

。。。。。

あの二人 あのほら 私の両親だよ あのふたり。
あれで夫婦になった。

笑。
私は 一度だけ 父親に何故母と結婚しようと想ったのか
と聞いたことがある。
そうしたら
「Papaは 初めてMamaを見た時 この子 ユニックだと
想った。

笑。
Mamaが 初めて家に来てくれて 初めて作ってくれた物は
そうめん。
団子になったそうめん。
あっははは は。」
と大笑いしながら と。

「それで?」

「それで Mamaが 
泣いた。

恥ずかしくて 泣いてた。
君のMamaが。

可愛いと想った Papaが。
だから

あの日 Papaがあのひとの 傍に居ようと
決めた 一日でも
長く。
笑。」

。。。。。

Hi  弟

笑。
今でも お姉ちゃんのような親友の私には
君達は どう出逢ったか 細かいことを聴きたいと想わないんだ。

だけど、
いつか それを私の姪か甥かに話してね。
笑。
照れくさいだろから、
お手紙でも。

何故なら それは あの子達の生きる強さになると信じているからだ。

。。。。。

両親が 結婚した。
両家の 強い反対を耐えて。

父は 官僚の息子。
母は 末落の「貴族」で文化人の娘。

「門不当 戸不対」だ。

父の父さんは 商業官僚。
大きな家に お手伝いさんまで同じ屋根の下に。

母の実家は ガラガラで冷えきって、
母は会社の寮に 八人部屋。

互い同じ六人兄弟の真ん中。
母は 実家に生活費の足し。

父は お坊ちゃんだった。

あの結婚 とことん反対されて。
両親の傍に あの結婚の祝福をしてくれたのは、
父の友人達だけ だった。

桐たんすの嫁入りも無かった母に坊ちゃんなのに
「相手があの子じゃ 結婚費用を一分もやらんと」言われた父。

「君を 俺が守る。

借金しても 君に誰にも負けない式を挙げよう。」

言葉通りの現実になった。
らしい。
貧しかったふたりの式に 三百人が来た。

ご祝儀文化が日本と違ったが、
大連市政府からJeep
を借りって来た父の幼馴染みも。
笑。

母の言うに 恐ろしい騒ぎだった。
ひとに 酔った母が あれからの記憶が無いだと。

母は 元々凄く物静かな女性で 静かな周囲が好むひとだった。
だから、
あの風景は 彼女はちっとも望んでいなかった。

だけど、
母にも 解っていた。
あれが 父の精一杯の誠意だった。

。。。。。

笑。
ね 弟。

私はこれらの話をしたのは、
君は 弟のような親友だからって、
うちの父親 君のおじちゃんのような生き方をしてほしいから
じゃないんだ。

あの結婚式の「余震」で 両親の婚後生活が暫くの何年か随分
苦しかったと。

私の君に伝えたくて仕方ないことは、
精一杯かどうかのことだ。

ひとは ひとを守るために 強くなれる。

これが 私があのふたりから 頂いた一番の生きるヒントかな。

笑。
愛しい弟へ。

それから 愛しい妹へ。
君が 弟の人生に現れてから あの子が強くなったよ。
笑。
みるみると 逞しくなった。


深く御辞儀。
宜しく頼んだ。


てぃんてぃんより
201304271139

| コメント (0)

2013.04.14

お寺座の外人

写真:     ・お寺座の外人・

笑。
何年前のことかな。

ミッション・スクールの英和に通っていた頃、
浄土宗のお寺さんでアルバイトを。

それで 大の劇団四季好きな私のことを友人達が
『お寺座の外人』だと呼んでただ。

それまでには 過剰な位 「外人」という言葉に
アレルギー反応があったものの、
あれから すっかりと自分のことを音量を上げ「外人さょ」と
105㌫の笑顔で云えるようになった。

この頃、
やっと解っただよ。
何人かよりは 今日も人並みに素直に幸せてるかのほうが
遥か 遥か重要なのだ。

笑。

てぃんてぃん
201304140836

| コメント (0)

2013.04.11

・柳屋・

| コメント (0)

2013.04.10

礼。

一衣帯水の隣国の言葉を理解することを通じて、小さなこころの交

流が増えていければ幸いだと考えております。

| コメント (0)

2013.04.09

望児山

写真:      ・望児山・

笑。
生まれ故郷の大連から 遼寧の都瀋陽まで向かう列車の窓から
「望児山」という小さな丘がある。

激しく乗り物酔い幼少時代の私を連れて
瀋陽の大きな病院に通う母ちゃんがいつもいつもあの丘を指し
ながら、
「ほらぁ 観て! 望児山だよ!」と。

笑。
あの丘の上に 一つの石がぽつんと立っていて、
確かに遠くから観ると ひとの様にも見えるのよ。

科挙に海の向こうへ出かけた一人息子の帰りを待ち続ける母親
の姿という伝説があって、
それはどうも 私の母の一番好きな山だそうだ。

不思議な縁で 父が瀋陽で急死した。
あの年は 母が48歳で 私が22歳だった。

あれから数年間か経って 一度やもえない理由で一人で瀋陽へ
出掛けて、
あの酔って酔って仕方のない列車に乗って、
あの丘をずっと探して待ってた。

笑。
行きも帰りも
。

私は少し 小さな浪漫を大切にしながら生きる両親とは違った。
流星群を ただの星
の破片達だと云い続けて母のゆめを
壊してきた。

でも 正直 孤児院にどうしても拘っているもう一つの理由は、
そんな優しくて暖かい両親に 譬え血の繋がりのない孫でも
残して上げたいと思うからだ。

笑。
親不孝も ほどほどにしなさいよと。


てぃんてぃん
201304091259

| コメント (0)

2013.04.08

「兎に角 眠いっ。。。」

写真: 「兎に角 眠いっ。。。」


201304081515

| コメント (0)

2013.04.07

・飲水思源・

写真:      ・飲水思源・

笑。
たまには 思う。
少し控えめでシャイな日本人と比較してみると、
多くのチャイニーズは 前に出て「我 我」って申すのが
確かに少し。。。。。

けれど、
たくさんの文化を深堀りすればするほど、
少しは愛しくて美しいものもある。

「飲水思源」は
美味しいお水を頂く時に ほんの少しでも苦労して井戸を
掘ってくれた者を想おうよ」という提案。
これも一つの私の凄く好きな中華文化の一語だ。

笑。
うん 愉しい週末を。

それから 「愛随雨下」だ。
笑。
雨の日だけは 天と地が繋がっていて ひととひとも。
だから

こころと こころも。

笑。
湿っぽい話かっ?

うん 漢字文化の源である東洋で生まれ、
美味しい美味しい白いお米をお替わりまでしてからピザぁ。
ぉぅ 欧米家。

〆に
ねむる前の
ちょこっとチョコ。


気圧の影響で脳の一部の部品が。。。中 
てぃんてぃん
201304060905

| コメント (0)

2013.04.04

・北で遊ぼう。・

写真:   ・北で遊ぼう。・

「方向音痴が マップを作った!」
笑。
親しい友人にそう偉い笑われた。

「笑。
そね ほんとだねっ。」
と。

でも きっかけは何でやれ、
仲間達と苦しく愉しくやってきただわ。
笑。

「企み」は今 一つだけに絞った。
ようは 町のみんなに一つの提案をしたい。
自分達が暮らしていて世話になってる地域を
客観的に見なしてみようじゃないかと。

私は 他所もん。
しかも 遥か遠いとこからやってきた。
勝手にひとっ家へ来て 勝手に周りにお世話になりぱなっし
だった。

ならば 綺麗事を申し上げさせて頂いて、
「小さな恩返しをしたいのだ」ってことさ。
おまけに周囲に私自身のことを可愛がってくれてる友人達も
巻き込んでしまって。

私は この町で静かに教室をやって生計を立てて、
生徒ちゃん達のことが愛しい。
だから、
あの子達に この町を出てもこの町のことを自慢に出来る
ように人生を歩んでほしい。
私が 大連のアカシアやマウイの南国のペンギンを忘れられない
ような想いと似るようなものか。。。

笑。
勝手なことさ。
別に政治家になりたいとか もっと有名になりたいとか、
そんなんじゃないし。
たまたま迷い込んだ浪児のような生き物がたまたま思いついて
わがままに進めてきたこんだけんど、
まぁ もしあなたの郵便箱にこれが入ってたら、
一目ご覧になってから捨てても遅くないでしょ。

深く一礼。
どうか 義理でも一度軽く目を通してからでも。

ありがとう。


てぃんてぃん
201304042153

| コメント (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »