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2013年5月

2013.05.26

北で遊ぼう。

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2013.05.25

北で遊ぼう!第5弾        武田の杜(山梨県甲府市北部)で遊ぼう。

・北で遊ぼう!第5弾
       武田の杜(山梨県甲府市北部)で遊ぼう。・

いよいよ 明日です。

深く一礼。

そろそろ また一度『北で遊ぼう!』。

お時間が合えば 是非ご一緒に。

有り難う。

日時   2013年5月26日(日)
     注・・・・・雨天ならその一週間後の6月2日(日)
      また雨天なら その更に一週間後の6月9日(日)

     11時〜16時

場所   武田の杜ー健康の森 (P3集合)

内容   甲府盆地を一覧出来る武田の杜で遊ぶ
      御散歩するなり     

対象   どなたでも

目的   普通に楽しく 
森の薫りに身を浸ける
     甲府北部にこんなに素敵なとこがあるんだと
    思っていて下されば幸いですと。

必需品  お水 食べ物(各自ご自由に)
     盆地よりは若干冷えるので 一枚羽織れるものを
     虫除け用品

参加費  ただ

『北で遊ぼう!』倶楽部の常備品
ゴミ袋(大・中・小・生ゴミ用・資源ゴミ用)
救急箱(日常緊急処置用程度の薬品)
ティッシュペーパー(五箱)
描きセット(少々)
シャボン玉(少々)
御雑巾(数枚)
レゴ(一箱)

A4サイズマップ・『北で遊ぼう!』100部

連絡
090−4423ー7199(当日限り)
(森公園の中では電波が弱いため、連絡をとれない場合空をご覧になって頂いて決めて頂ければと思いますので、宜しくお願い申し上げます。)

マップ・『北で遊ぼう!』制作倶楽部
歩長 韓(ハン) ティンティン 拝
20130525
— 場所: 武田の杜 ー 健康の森

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2013.05.16

雲中漫歩

  485229_480207162051231_1204860615_n ・雲中漫歩・

95年 『A Walk in the Clouds』という映画のVCDを
頂いた。

笑。
驚いた。

2005年の秋 葡萄園で収穫のお手伝いをして、
その映画のことを思い出した。

れから 今日 二年ぶりに農作業をした。
弟子入りした。

八百屋さんへ行けば、
トマトも葡萄も なすびも 美味しそうなお野菜果物は
自衛隊並みに数がある。

お米も 旨い!

けれど、
あの汗を垂らして
朝四時から天候とお虫さんとJAと付き合いながら大変な
努力をされる農家という職の人々の日々まで連想でさえ
無いことの多い 私が

丸顔のお日様に焼かれて焼かれて顔が腕が 痛痒い。
笑。

こころの声が 聴かれたように
見事な 夕立ち。

笑。

雲の中で散歩。

。。。。。

「これ 観な。

笑。」

「笑。

ぁ 洋画か。。。。。 欧米化 Papa。
笑。」

95年 父の出張帰りにあのプレゼントを頂いた。
初めてくれたVCD。
しかも 少し気取った VCD。
笑。

笑。
かなり驚いた。

十数年間経って この頃初めてあの突然渡された
一枚の銀色のお皿に 込められたなにかを。
笑。

。。。。。

日々の暮らしは 浪漫なばかりじゃない。
笑。

でも しわ寄せなばかりでもない。
「平平淡淡」なばかりでもない。

笑。

考え方の一つで 今日の空の色は 違う。

十四年前 親族に一文残らずきれいにとられた私は、

あの葡萄の枝に こころが震えた。

『芯まで やられてない。。。。。』
メキシコの頑固父親が 目になみだ。

。。。。。

今日は 御散歩の代わりに 農作業をした。
笑。

レッスンと レッスンの間。

深く御辞儀。


てぃんてぃん
201305162302

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2013.05.12

あの海の見える 家

  ・あの海の見える 家・

続き

仏になった父との最初の対面も、
火葬の日も お墓にお骨を入れた日も、
私は 一滴の涙も流さなかった。

我慢した訳じゃない。

死因はどうであれ 父の手はひんやりしたことで、
医療関係者でもある私には これが死だいうことを、
受け入れなければと判っていた。

両親の親兄弟、
それからその両親の親兄弟の子孫たちのことも、
韓という名字を持って、
それまでの二十二年間 この目でこのこころであの家系を
観てきた 感じてきた。

彼ら一人一人の価値観なり人生観なり感覚なり、
まさに 私の最初の必須科目の教科書達だった。
笑。
有り難いことに。

だから、
父の手を握って、
父の耳元で私は彼に話した。

「Papa これからは 私がMamaを守る。」

。。。。。

本音を云うと、
父が灰になって私の両手に帰ってきた時は、
私は 後悔した。

結婚、二十歳ですべきだった。

両親の孫を抱かせて上げるべきだった。

セックスを本で勉強すれば夫婦生活は月一の宿題だと思えば
出来るはずだった。

勝のことを死ぬまでお兄ちゃんだと思えば何とか家族でやって
行けたかも。

なら、日本へ行くことも無く、
父も活きていたのかも
と。

私は とことん後悔した。
それまでの人生の中の初めてのわがままだったのに。

しかし、
それが 一変した。
忽ちに。

お葬式の日から丸一年間の「結婚しろ!!!」攻撃。
様々な方法で。

病んだ母まで 勝のご両親からの催促。

「君のPapaは 狂った。

Mamaは どう考えてもわからないのだ。
何故Papaが あの夫婦の子がいいのかを わからないのだ。

勝は 優しいとこもあるけれど、
あのお二人の子だ。

Mamaは 心配だ。

心配だ。。。。。」

「Mama ありがとう。

でも 約束は 約束だ。
私は 守るよ。」

「そんな。。。。。」
母の無力そうな なみだ。

私の心臓を突き抜けるような鋭い涙の玉々。

。。。。。

期限まで 後十ヶ月。

朝目が覚めたら 母がいない。
トマトを片手に 書斎へ。

父の机の上に 手紙。

「Tiner,

・・・・・

・・・・・

もう 独りで大丈夫。
日本に戻りなさい。
留学を続きなさい。

その日まで 一度も帰って来るじゃない!

自分の好きな道を歩みなさい。

        
              Mama」

手紙のそばに ANAの紙袋。
成田行き。

片道。

日時 当日。

机の横に 私のスーツケースと リュック。

私は ひとりで 脱走した。
母上を置いて。

それで 三日後、
脱走の罰が来た。

こちらで料金を負担する国際電話 大連から。


もしもし? もしもし?

僕 僕です。。。

母親が 母親が君に話があると

もしもし!!もしもし!!!!

おばちゃんだけど ティンティン?!
君は実に酷い娘だね!全く!信じられないわ!もう!!もう!君って子だらっ!!!!

帰ってきなさい!冗談じゃないわ!!。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



彼女の声が どんどん。。。
どんどん。。

何語か わかならい わからなくなって。

あれから 毎日。
いろんな形のこちら料金負担の国際電話。

大連から。

あの私と両親が生まれた町から。

。。。。。

二ヶ月 経った。

分割払いに 学費を払って家賃も払って、
大連行きのチケットを買って戻った。

リュック一つで。

勝に電話をして彼の家に向かった。

家族全員揃った。
おじ様おば様お姉様お姉様の旦那様お姉様の息子様と勝様。
そして、あのお家の金魚様。

ご両親に土下座をしました。

「この度 大変ご迷惑を致しました。

やはり この婚約を やめさせて頂きます。
どうか お許しは結構ですがご了承して下さい。

父親のしましたお約束はお約束ですので、
どうしてもそれを一度しなければならないのであれば、
婚姻届けを一度出しましょう。

一度結婚したという風にしても構いません。
一夜夫婦に成ることも覚悟しております。

しかし、
それならそれで一日で離婚させて下さい。

どうか。」

空気が 凍った。
いや 時間が止まった。

数秒後 勝の泣き声が。

勝母様の泣き声が ドラマ的な。
勝姐様が怒って席から立ち上がって去ってドアを重くバーンと。。。。

勝父様の長いため息が。
一世紀の長い長い長い時間の流れ方が私の膝の下から。

「なんで酷い子だろ

あたし おじちゃんと毎日毎日君のお父さんの残してくれたあの海を見える家を貰ってそこで夫婦で老人倶楽部をやって悠々自在な晩年を幸せに送ろうと何度も何度も話してきたのに。。。。

どうして君って子。。。。」

笑。
そか。

そか。

笑。
「ハン ティンティン 君は 正しいだ。

君は もう 自由だ。」

。。。。。

そう想って 顔を上げ リュックを拾って立ち上がった。

痺れた痺れた脚が勝手に歩み出した。

「今まで 謝謝でした。

本当に申し訳ありませんでした。」

実家へ帰らなかった。
成田行きの片道が残っているから。

日時 当日。

。。。。。

「さようなら 大連。

さようなら。」
ANAの翼の先から 綺麗な夕日が。

。。。。。

その丁度一年後、
勝が結婚した。

相手は 私と同じ1977年三月生まれで、
私より身長も容姿も上等で、
大連市政府官僚の一人っ娘。

更に一年後、
離婚した。

震災の直後、
勝から 一通の国際電話。

「君は 冷たい奴だ。」

「そね。

あの時 申し訳ないことをしました。」

でも あの海の見える家は、
父親が残してくれた唯一の形見でした。

唯一の。

てぃんてぃん
201305121957

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2013.05.11

あの海を見える 家

・あの海を見える 家・

「ね TinTin? 今は 幸せ?」

「笑。

ぅん 完璧じゃないけど、
普通にそうかな。」

「うん やっぱ あの子と一緒にならなくて

よかったね。
笑。」

「ぁ うん。」

笑。
面が 伸びっちゃっう。

幼馴染みからの貴重な国際電話。

。。。。。

「あの子」は 勝って云う名の 私より五つ上の方。
父の先輩ご夫妻の一人息子。
勝には一人のお姉さんがいて、
彼らも私の幼馴染みなのだ。

私が 十七歳の時のある日、
父が 急に凄く真剣な顔で不思議なことを口にした。

「他所のむすめは この位の年頃は、

もう彼を作って、
河沿いの廻廊でお手手を繫いでデートというものを
していると謂うのに、
君は ひとりで詰まらなくないのか?
笑。

だから、
Papaの先輩
のとこのお坊ちゃんと婚約でもすれば。
笑。
あの子は 昔から君のことが好きだって云うんだ。

よかったね、
うちのむすめも ずっと独りぼっちで居なくて
済むん
だから。」

「あなた!? なにを急に?!

狂ったようなことを言わないで頂戴っ、
みっともないんだから。

むすめは まだ十八にも。。。
未成年だ。

あたしも この年頃には、
Papaのこと ちっともいいなぁと想ったりしていな
かったし、
誰かのことを好きになったりもしていなかったし、

だから、
むすめは 正常だ。

それに、
この子には この子を待ってる子 きっとどっかに
居るのよ。

。。。。。」
Mamaは なんだか いつものMamaじゃないみたい。

「Papa  私は 学校
の先生になって、
自分の生活費用を自分でなんとかするから、

もし実家に居るのが邪魔なら、
ひとりで 小さな家でも買って。。。。。」
かなり 焦った。

焦りました。

。。。。。

あれから 努力した。
ジロジロと 周囲を観るようになった。

顔は 普通に穏やかで普通に優しそうな子なら。
。。。。。

でも ちっとも
ちっとも
だった。

多分 ただ 
その恋いこころのような心臓という臓器がまだ半分以下
しか形成されてなかったのか。

みんなと肩を擦れ違っても、
何度擦れ違っても 別になにも化学反応も物理反応も
一分も湧いてきたりしなくて。
そのまま 日が昇り 沈む。
どこの町へ移り住んでも。

家出をしなかったが、
何時でもそれが出来るように、
スーツケースを用意出来てた。

その時は 勝は 22歳だった。

父の婿になるために 彼は父の会社に入った。
運転手と秘書を。

父親は 彼のご両親と三人で決めたことは、
「あの子が 22になったら、

子供達を結婚させようね。」
ということだと。
もちろん その五年間にお互いに別の結婚相手が現れたら
話は別だという前提も。

それが 私が二十歳の時引きこもった時期が有ったせいで
両親をとても苦しめてしまったこともあって、
あの結婚に 仕方なく 頷いた。
頷いてしまった。

「馬鹿げた話だが わかりました。

Papaの望む通りにしましょう。

ただし 二年間だけ 富士山を見える部屋に住みたい。
日本で 二つの春夏秋冬だけ自由にさせて頂きたい。

留学したい。」

「?! お はい。

わかったよ 手配しよう。」

。。。。。

これが 私の日本の始まりだった。

しかし 本当にまた不思議なことに ANAの翼に世話に
なる前日の夜、
あのそれまでに ずっと勝との結婚を期待していた父親が
急に私を書斎に呼んだ。

「Hi むすめ


むすめ。

もし もしだよ もしの話だよ、
あの太陽が一番最初に昇る国へ行って、
そこで 凄く好きなひとが出来たら、

Papaに言って。

Papaは 勝のご両親に土下座して、
婚約解除をして頂くから。」

「Papa。。。。。」

「笑。

ただ 条件は一つ。

それは 君は安心して自分の手を相手の手の上に載せて
。。。。。」

。。。。。

あれから二ヶ月と 一日後、
父親という人物は 私達の生活の中から物理的に消えて
いた。

父のお葬式や仕事関係の後処理に、
母の心身ともの再建やケアに、
おまけに「ライオンキング」の中に登場する野狼のような
両親の家系の親族様様の人間模様。

22歳だった私の肩に 重すぎた物の連続だった。

そんな時に、
火葬が終わって 次の日、
勝一家 タクシーで来た。

「結婚の話 早く済ませよう!」
勝の母上・姉上の目が 急急急。

「それは お約束と違いますし、

今現在のこの状況では。。。」

「しかし これは 君のお父さんの意思でもあった。

君はまだ子供だ。
だから 大人たちの言うことを黙ってて従うべきだ。

この結婚は。。。」

「申し訳有りません。

二年だ。
お約束通り。

そうさせて頂きます。」

つづく
てぃんてぃん

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2013.05.09

 苺おばちゃんと大福おじちゃんと きんきんチャン

しかも 凄くすごく。
笑。
。。。。。
いちごを
くれたおばちゃんのマナ旦那様は
大福をくれる おじちゃんだった。
いつも眠そうだけど、
笑顔の純粋で 髪の本数が少ないおじちゃんだった。
あれから、
あの25000円の「忍者屋敷」が少しだけ
安心感が湧いてきた。
いちごおばちゃんと 大福おじちゃんのお家もお店も
すぐ歩いて一分しか掛からんとこにあったから。
笑。
「ティンティン」との発音がどうも難しらしきで、
今でも
私は あの御ふたりの「キンキン今今」です。
きっと 今でも。
笑。
。。。。。
「Mama  本音を云うと、
この国へ来たのは 後悔のしわ寄せは
あずさの一車分だ。
もし 私が あなた達から離れていなかったら、
Papaは まだ生きているはずだと何度想ったか。
Papaは まだ貴女の背中を温めてくれているはずだと。
でもね Mama これが それもきっと 
むすめにとっての精一杯だね。
笑。
。。。。。
楽じゃないけど、
今は 手取り20万円で 自分の生活を母に会いに行くチケット代を
わんコロ達との生活代を実家のローンを
車のローンを。
笑。
それから いちご代も。
間に合っておるわ。
だから、
心配無いよ もう。
笑。 
それに 職場の近くにも アカシアの樹
有ったよ 母ちゃん。
母ちゃん。
てぃんてぃん
20130509012・苺おばちゃんと大福おじちゃんと

485766_472352596133019_502708784_n

笑。
ドイツの田園郷で 

ルクセンブルクの大きなwindowpane前で、
母が小さなため息を

「こんな風に日本で苦労を味わうと知っていたら、
君もお兄ちゃん達と同じく
こっちの町で進学すればよかったね Tiner。

うん Mamaの失敗
だ。」

「笑。

そか Mama。
笑。
そか。

今のは たとえ ただのリップサービスでも、
嬉しいよ。

でも そね。
Mama そね。

笑。」

だけど Mama  この町には 美味しい美味しいお米も
無いし、
柳屋もないし、
家族以上の友人達も居ないし。

笑。
それから いちごおばちゃんと 大福おじちゃんも
いない。

だから。。。。。」

。。。。。

父の急死から 一年。
山梨へ戻ってきた。

月7000円の 気が付いたら私物が
どんどん姿が消えてしまう二人部屋から、
月25000円の御トイレも御風呂も御洗濯機も御乾燥機も
共同で、
シャワーを浴びている間御風呂場の鍵が自動的に「勝手」に
開いてしまう御大家おじ様付きのアパートに引っ越した。

「二階がおんなの子専用。

一階は おとこの子だ。」
って大家さんの奥様が天井の模様を見ながら御話しをしただが。
笑。

しわを寄せてる暇があれば、
鍵屋さんに行って 最新の鍵っ子を調達して来るのが
早くて ホットするもんだ。
った。

あれから、
「家」で仮眠をとっても 忍者の仕草のよう
だった。
笑。
シャワー蛇口から 水一滴も捻ったことはなかった。

まぁ、それは その時の精一杯の 目いっぱいの暮し
だった。

柳屋・中国語の先生・ガソリンスタンド。
三つのバイトで稼いだ諭吉達、
三つの封筒に分けて「横流し」。

奨学金を拒んだ末の全額学費・
日本での生活費用・
それから 名目不明な不思議な位の実家の「借金」達への返済。

笑。
毎日 長くて 長かったぁ。

。。。。。

「扁桃腺かな。。。」のどが激痛

「熱かな。。。」雲の上でバランス とれない。

「私 具合 悪いかな。。。」

果物を。。。果物を。。。

膝までのコートを羽織って階段を降りた。
「家」の近くに やる気の無い八百屋さんが今日も

「屋形の休日」。

その八百屋さんの少し坂下かな、
デリースドーア。

コンビニって 高貴だな ハンティンティン。
高いんだね。

でも 君は 今 。。。

。。。。。

気がついたら 私は いちごの前にいた。
いちごと 向き合って 真面目に向き合って。

笑。
見つめてた。

だけど、
バックして 帰った。
「家」に。

コタツに潜って 母に手紙を書いた。

「Mama  元気?

私は 元気。

。。。。。」

。。。。。

翌朝、
あのオレンジ赤のディリーコンビニの外に有る赤い
郵便箱の御口にあのお手紙を。

「あのう お嬢ちゃんっ。」
コンビニのおばちゃんが 早歩きして中から急に
出て来て私に声を掛けた。

「ぅ はいっ!


私。。。ですか?」
少しびっくりしたのは 正直。

「あのね 待ってて。」
と云いながら お店の中に入ってまたすぐに出てきて
「これ 差し上げる!」
と 
あの 一箱のいちごを私の両手に。

あの昨日 私が一生懸命に「面接」したいちごを。

顔に 火が。。。のようだった。

それから 胸元に暖かいなにかが。

。。。。。

美味しかった。

しかも 凄くすごく。

笑。

。。。。。

いちごを
くれたおばちゃんのマナ旦那様は
大福をくれる おじちゃんだった。

いつも眠そうだけど、
笑顔の純粋で 髪の本数が少ないおじちゃんだった。

あれから、
あの25000円の「忍者屋敷」が少しだけ
安心感が湧いてきた。

いちごおばちゃんと 大福おじちゃんのお家もお店も
すぐ歩いて一分しか掛からんとこにあったから。
笑。

「ティンティン」との発音がどうも難しらしきで、
今でも
私は あの御ふたりの「キンキン今今」です。

きっと 今でも。
笑。

。。。。。

「Mama  本音を云うと、
この国へ来たのは 後悔のしわ寄せは

あずさの一車分だ。

もし 私が あなた達から離れていなかったら、
Papaは まだ生きているはずだと何度想ったか。

Papaは まだ貴女の背中を温めてくれているはずだと。


でもね Mama これが それもきっと 
むすめにとっての精一杯だね。

笑。

。。。。。

楽じゃないけど、
今は 手取り20万円で 自分の生活を母に会いに行くチケット代を
わんコロ達との生活代を実家のローンを
車のローンを。

笑。
それから いちご代も。
間に合っておるわ。

だから、
心配無いよ もう。

笑。 

それに 職場の近くにも アカシアの樹
有ったよ 母ちゃん。

母ちゃん。


てぃんてぃん
201305090128

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2013.05.05

家っ子

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笑。
畑を借りようと思って。

腰痛も 肋間神経痛もやっと落ち着いたみたい。
笑。
だから また畑を借りって トマトでも トマトでも
トマトでも 植えよう
と。

笑。
今度は みんなと一緒に小さな畑でも。

秋に 母が日本へ来てくれるとの事も。
笑。
嬉しくて。

。。。。。

。。。。。

「あの頃 私達は子供が欲しくなかった。

一文も無かったPapaMamaは あの立派な結婚式の
お陰で、
たっぷりと友人達に「借り」を作ったような気分で、
婚後生活の何年か、
ずっとみんなの結婚式か赤ちゃんの出産かのご祝儀で、
生活が苦しかった。

ふたりとも 真面目に避妊をした。

しかし 君が出来た。
Mamaは 悩んだ。
薬の影響は?。。。

『ねぇ あなた いろいろと考えたけど、
この子 諦めよう。

障害のある子なら 対面しないほうが。。。』

『・・・・・

君は 本当にそれで
いいの?
俺は 嫌だ。

たとえ 
障碍児だとしても 俺は 責任持って
育てる。

俺達の子だから。』

ねぇ Tiner あれは PapaMamaが家族になってから
初めての意見相違
だった。

君のため だった。」
母の頬に しずく。

夕焼けの丘 父のお墓の周囲にアカシアの花
の薫りが漂って。

。。。。。

五体満足の私を見て 両親は どんなにホッとしたんだろう
ね。

多くの同級生よりは 少しは 弱かったが、
少しは 身長も小さかったが、
泳いで 泳いで 泳いで。
元気になれた。

笑。

。。。。。

ねぇ Papa、

どんなことに対しても 全力で 覚悟を決めて歩くのは
しんどい。

だから お昼寝をするようになったの 最近。

だから ずる休みをするようになったの この頃。

笑。
でもねぇ Papa、
痛い事は依然とあるけれど、

少しずつ 少しずつ 愉しくなってきただよ。

なっただよ。

TinTin
201305050409

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また来年。

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2013.05.04

Hahaha集団の 工作狂

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・Hahaha集団の 工作狂・

今日も 普通に佳い一日だった。

笑。
もちろん 完璧じゃないけれど。

部屋の電気を付けたまま 出て来た。
笑。
またも。

。。。。。

雲は 昼のも夜のも 雲は 雲だった。
笑。

メイプルは 花が咲いた。

下の甥は フォークでハーゲンダッツを食べる。
蓋に練乳の海を作り、
おばが バカ受けしたのを少しクールな目で見守る
上の甥の微笑む目。

笑。

家族。

。。。。。

「ティンカーベルは 物作りの職人だったってこと


れぃあと 一緒にあのDVDを観るまで
知らなかったんだょ!ahahaha.」

「笑。

そうね だって。。。。。」

「まぁ それよりは 葡萄の葉の天ぷら

三粒だけ 残しておいてね。



「ぅ ahahaha.

笑。」

。。。。。 

「次からのテープは 土に戻るものに。。。」

「笑。

じゃ 次から失業だ 私が。」

。。。。。


数字の職人だった母ちゃんのマナ旦那は 
建築バカだった。

あの年中無休で働いた両親の横顔を見て
勝手に大きくなった私は
かなり幼い頃 自分に誓った。
「この家に ひとり位は私みたいなマシなひとが

居なくちゃ。」
ようは 狂ったように働く仕事人間に死んでもなっちゃ
だめだってことよ。
笑。

笑。
でも 気が付いたら。

。。。。。

今日も 普通に佳い一日だった。
笑。
もちろん 完璧じゃないけれど。

部屋の電気を付けたまま 出て来た。
笑。
又も。

深く一礼。
約束守れて佳かっただよ。


やっとね。

笑。

てぃんてぃん



『注』
工作狂
 (狂ったように働く仕事人間)

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